2008/11/15 up

9月某日@初台川
ロケ3日目。
前回の2連チャンからやや間が空いたので、その間にS水氏とメールや電話でアレコレ打ち合せ。今日は「生まれ故郷の宇田川、その源流というか、"最初の一滴"みたいなものが欲しい」とのリクエスト.....フム、JICAの池か、松濤公園か.....いや、最も意外性の高い、初台川の湧き水ポイントにしよう。
.....あいにくの空模様、集合時間を少々ずらすも晴れず、時々落ちる小雨の中ロケ敢行。ま、雨もいいさ。実際雨男のオレは探索中に良く降られるんだし。
京王新線初台駅前からロケ車で甲州街道/玉川上水緑道沿いを走り、パーキングへ。
「加瀬さんって、ホントに暗渠沿いに暮らして来たんですね〜」
そーなのよ。狙ってナイんだけど.....。
「いやあ、最近、道が全部暗渠に見えて仕方ないんですよ」
.....社交辞令としては、まあ30点ってトコか?(爆)。本当に特徴が解ってりゃ、全部そう見えるワケナイんだから。でもま、S水氏が相当な"熱中人"だ、ってことは良く解った。逆にそうでなけりゃ、ドキュメンタリー番組の密着ディレクターなんて務まらないのかも。
.....かつての広大な水田地帯である"初台田んぼ"の真ん中を貫くように流れていた初台川。玉川上水の脇に水源を持ち、山手通りを超え、代々木八幡山をグルッと迂回して宇田川へ注ぐ上流河川。階段に埋め込まれた田端橋、その脇の側溝からユラユラと湧き出る清水。
「ホントだ.....」
眼の前がオペラシティ/新国立劇場という都会で眼にした驚きの光景。かがんで指を濡らし、口に持って行く。雨のあとで少し淀んでいたが、紛うことなき湧き水である。
「この水がこの台地から流れ、宇田川へ注ぎ、渋谷川と交わり、そして古川となって東京湾へ注いでいるんです」途中が下水道幹線となっている以上その通りには行かないが、物理的にはそういうこと。真ん中を下水にしたのはオレ達現代人なんだから。
「コレは凄い」
S水氏も思わず水を口にする。ゴクゴク.....って、飲み過ぎじゃね?(爆)。
「初めてここを訪れた時、どう思いましたか?」
「う〜ん、健気で切なくて、なんというか.....抱きしめたくなっちゃった」
「.....」
ダメだコリャ。どこの世界に、渋谷の道端の水を抱きしめたいバカがいるってんだ(ココです)。
これじゃ、"熱中時間"的に困る筈。「いや〜、感動モンでしたよ!」かなんか言えなきゃ、きっと誰にも伝わらないよな。
.....でも、嘘が言えなかった。今、何を求められてるか100%解ってて、それでも素直に思ったことしか言えなかった。

宇田川系唯一にして最大の遺構、初台橋@初台川
1本道となった初台川を下り周囲の地形を撮りながら、宇田川系で唯一、ほぼ完全な形で残る初台橋へ。
「素晴らしい」
S水ディレクターはその威厳のある姿とロケーションに感心、急遽ここで多くのパターンの撮影。確かに、この橋を挟んで奥(上流)へ真っすぐ1本の川跡、今までの緑道や遊歩道よりも"いかにもここが川だったっぽい"絵になる。実際、on airでもここを使って青いアニメーションで川を再現した。
雨で少しひんやりした初台橋に腰掛けると、S水氏も座り、夕闇の中唐突にインタビューが始まった。
「加瀬さんにとって、暗渠って何ですか?」
「....."犠牲"かな.....」
「犠牲?」
「そう。今こうして安全に暮らしていられるのは、戦後の焼け野原だった日本/東京が頑張って高度経済成長を経て、確かに豊かになったけど捨てられるものもたくさん出て、そしてそのせいで汚れてしまった小川達がこうして蓋をされたから。特にオレは、この川が蓋をされた次の瞬間に生まれて来て、何も知らずに中学生の3年間を、笑いながらそれこそこの橋をよけて歩いて来ただろうから」
「.....加瀬さんの中学校は近いんですか?」
「この谷を見おろすあの高台の上」
「.....行きましょう」
一行は初台川から坂を登り、オレの母校である中学へ。
あの頃、オレには熱中出来るものも将来の夢もなく(F1レーサーを諦めた頃)、私生活では親にも迷惑かけたし。丁度"3年B組金八先生"の初回放送時に中3だったオレ達。かりゆし58の"アンマー"じゃないけど、こんなに幸せなのになんだかムチャクチャだったと思う。ただ、校庭の脇にある、夏休み中必死で泳いだプールを見ると、少し懐かしかった。
日没を迎え、今日はここでロケ終了。
「ごめん、気の利いたことが言えなくて」
「いえ、とんでもない。面白くなって来ました」
.....このロケ班、今日何かが変わった。

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