31日にロータス・ルノーGPのリザーブ・ドライバーとなったブルーノ・セナが新チームでの抱負を語った。
スペイン・バレンシアの新車発表会でロータス・ルノーGPのリザーブ・ドライバー/グループ・ロータスの大使となったことを発表したセナは、今季金曜フリー走行に出場する予定はないが、レースドライバーに何かあった場合には自分が出場する、と述べた。「他のチームでレース・ドライバーとしての交渉をしていたけれど、全てを総合して最終的にロータス・ルノーGPがベストの選択肢だった。僕はサード・ドライバーとして毎戦チームに帯同し、型落ちのマシンでテストをしたり、直線コースのような技術的なテストを行う予定だ。もちろん、レース・ウィークの金曜プラクティスで走れる機会があればいいけど、それは現時点でまだ分からない。何度かR31(2011年型新車)で走れるといいね。このマシンを試してみたくてたまらないけど、それを決めるのはチームであり、如何なる走行機会もチームの利益になる必要がある。何故ならチームは今年競争力を発揮してレースで優勝しなければならないから、他の人間を乗せるのは無駄なことなんだ」と、自らの契約状況を明かした。「技術的にも去年(HRT)よりも多くのことを学べるように頑張れば、来年のレース・シート獲得のチャンスに繋がるかも知れない。それに、シーズン中に他のドライバーが毒を盛られたり、足を骨折したりした時、チームは犯人が誰かは解らなくても、代役として誰を走らせるのかは解るはずだ(笑)」
1985〜86年に、叔父であるアイルトン・セナの乗ったJPSロータス・ルノーを彷彿とさせるブラック+ゴールドのロータス・ルノーGP・R31。セナ自身「叔父が纏ったこのカラーリングの中に身を置けるのは、本当に特別な気分だ」と語っているように、ファンにとっても懐かしい組み合わせである。F1デビュー2〜3年目の叔父・アイルトンはこの2年間で初優勝を含む4勝、15回のポール・ポジションを獲得し、トップ・ドライバーの仲間入りを果たした。その後ロータス・ホンダ、マクラーレン・ホンダ、マクラーレン・フォードを経て、3度の世界タイトルを手にしたアイルトンが再びルノー・エンジンを背負ったのはウィリアムズに移籍した1994年、しかしこの年、アイルトンは帰らぬ人となった。アイルトン・セナとの世界制覇は、ルノーの悲願でもあった。そのセナのDNAを受け継ぐブルーノのルノー加入は、かつてホンダ(ブラウンGP)がブルーノのF1デビューを模索しながらも実現せず、浪人の末に新興チームのHRTでグリッド後方を争ったデビュー・イヤーよりもセナに相応しいものなのかも知れない。
が、実力者クビサと確実に成長を見せるペトロフを相手に、昨年のような新人ドライバー同士の比較ではなく、シンプルに速さを比べられる環境に身を置くことで、セナの真の実力が問われるシーズンとなるかも知れない。