ザウバーの小林可夢偉はモナコGPを自己最高の5位でフィニッシュし、モナコでの日本人最高位も更新した。
ペレスを欠いたザウバー・チームは可夢偉に1ストップを取り、赤旗/2度目のセーフティ・カー導入までに4位まで順位を上げた。全車タイヤ交換を行ったリスタート語はレッドブルのマーク・ウェバーに抜かれたが、それでも自己最高、ザウバー・チームにとってはBMW時代を除けば2004年のフェリペ・マッサ以来の5位フィニッシュとなった。
小林可夢偉:「予選で苦労したけど、今日はチームが素晴らしいピット・ストップ戦略を立ててくれた。タイヤ交換のタイミングは完璧で、スーパー・ソフト・タイヤであれだけ長いスティントを走っても問題なかったし、実際にはもっと長く走れたと思う。スタート直後はトラフィックに苦労したけど、前を走るドライバー達がピット・インして行き、状況は良くなった。1回だけのピット・ストップを終えた後、スーティルに引っかかり、同時にウェバーからもポジションを守らなくてはならない状況だったので、タイヤを労わるのは少し難しかった。赤旗中断がなければ4位でフィニッシュできた筈。でもウェバーがかなり迫ってきていたので、ポジションを守り切る術はなかった。でも非常に難しい週末を過ごした後の5位は、素晴らしい成果だと思う」
ペーター・ザウバー (チーム代表):「可夢偉に称賛する。彼はタイヤをとても上手く管理していたし、マシンも強かった。この結果はこれまでの彼に相応しい。マシンを完璧に準備してくれたチーム全体にも心から感謝したい。モントリオールでは、従来のドライバー・ペアと一緒にスタート出来ることを願っている」
ジェームス・キー (テクニカル・ディレクター):「セルジオが欠場し、チームの思いは可夢偉に託された。1ストップ戦略を取り、新品のプライム・タイヤでスタートした後、新品のオプション(スーパー・ソフト)タイヤをセカンド・スティントに履き、可夢偉は素晴らしいレースをしてくれた。様々な出来事があった週末この結果は素晴らしいことだ。このポイントはチェコ(ペレスの愛称)に捧げたい」
今回良く耳にした「日本人モナコ最高位」に関して調べてみた。1987年以降、24年間で完走経験者は7名、各ドライバーのモナコGP最高位は以下の通り。
・中嶋一貴:7位(2008)
・中野信治:9位(1998)
・中嶋悟:10位(1987)
・片山右京:10位(1997)
・鈴木亜久里:11位(1992)
・高木虎之介:11位(1998)
・佐藤琢磨:17位(2007)
御覧の通り、如何にハードルが高かったかが解る。入賞者は2008年の一貴(ウィリアムズ・トヨタ)のみ(2009年以前は入賞は8位まで、2002年以前は6位まで)。中嶋悟は1988年にロータス・ホンダで予選落ちを喫し、狭い公道コースをガンガン突っ込んで来るライバル達を目の当たりにし、世界のレベルを思い知ったと言う。が、可夢偉は「モナコはシーズンでウチ(ザウバー)が最も苦手な部類」と言い、そしてこの結果である。タラレバは言いたくないが、実際赤旗リスタートがなければ4位は守れた筈で、ウェバー自身もレース後に「可夢偉は手強かった」と評価していた。が、シケイン・カットした直後に順位を譲る、と言うフェアなレースもまた可夢偉の持ち味であり、堂々と胸を張って良い5位である。ちなみに、可夢偉はこれで全出走27戦中14回目の入賞で、ポイント・ゲット率は実に51、9%。これもまた見事な数字だ。